不動産相続

不動産の終活 ~認知症に備えた財産管理~

終活とは、自分の人生の終わりについて考え備える活動のことです。人生の終わりを意識することは精神的に辛いことですよね。しかし終活を行うことで、ご自身の心配事を減らし、残りの人生を心置きなく過ごせるのはもちろんのこと、ご家族の心配や先々の負担を軽減することにも繋がります。

終活を後回しにしてしまうことで怖いのは、ご自身や家族が“認知症”を発症してしまうことです。日本の認知症高齢者の数は、2012年で462万人と推計されており、2025年には約700万人になると言われています。なんと、65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になると見込まれているのです。

認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)/厚生労働省

今や認知症は、誰もが関わる可能性のある身近な病気です。万が一自分が認知症を発症してしまっても、ご自身のこれからの人生とご家族が安心して過ごせるように、元気なうちに終活を行うことをおススメします。

今回は、認知症の発症前、そして発症してしまってからでもできる相続財産の終活、その中でもトラブルや手続きが複雑と言われる“不動産の終活”について解説していきます。

認知症になると…不動産を売却することが難しくなる

認知症を発症すると、記憶力や理解力、判断力などが低下し、様々な症状が現れます。症状が進むと身体機能も低下し、最終的には寝たきりや意思疎通ができなくなる可能性もあります。

そして、重度の認知症と診断されると、法律上では「意思能力」がないと見なされてしまいます。意思能力が認められず、「預貯金の引き出しや解約」「生命保険の受取人の変更」など、法律行為全般ができなくなります。そして、意思能力のない状態で行われた遺言書作成や生前贈与などの相続対策も、残念ながら無効となってしまいます。

不動産に関して言えば、「売る・買う」などの意思表示を行うことが能力的に難しくなります。例えば、認知症の親を介護施設に入所させる場合、まず直面するのが費用の問題です。親の財産として自宅不動産があるときは、「自宅を売却して介護費用に充てよう」と考えるでしょう。

しかし、認知症の親が所有する不動産を家族が代理で売買することは、原則として不可能です。不動産の売却権限は所有者にのみ帰属するため、たとえ家族であっても所有者の同意確認がとれない状態では売却することはできないのです(意思能力があると判断されるような軽度の認知症の場合は例外となる場合もあります)。

認知症により、意思能力がないと見なされてしまった親の不動産を売却することは、法律上簡単なことではありません。

では、このような状況に陥る前にできる対策はどのようなものがあるのでしょうか。

認知症でも不動産売却を可能にする『成年後見制度(せいねんこうけんせいど)』

成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などが理由で、意思能力や判断能力が不十分な人を保護・支援するための制度です。本人の財産管理(不動産や預貯金などの管理、遺産分割協議などの相続手続など)や身上監護(介護・福祉サービスの利用契約や施設入所・入院の契約締結、履行状況の確認など)を、代理権や同意権、取消権が付与された成年後見人が行うことができるようになる制度です。

成年後見制度を利用すれば、認知症を発症してしまっても所有する不動産を売却できるようになるだけではなく、認知症や判断能力が低下したことで、自分に不利益な契約であることがよく分からないまま契約してしまった場合も、取り消すことが可能になります。

このような、一人で決めることに不安のある方々を法的に保護し、ご本人の意思を尊重した支援(意思決定支援)を行う制度が成年後見制度です。

そして、成年後見制度には「任意後見制度」と「法定後見制度」の2種類があります。

任意後見制度(にんいこうけんせいど)

任意後見制度とは、本人の意思能力があるうちに、将来自分の意思能力が不十分になった場合に備えて成年後見人を選んでおく制度です。

任意後見制度では、家族や信頼できる人を自身の意思で代理人(任意後見人)として選任することができ、代わりにしてもらいたいことを契約(任意後見契約)で決めておきます。任意後見契約は、公証人の作成する公正証書によって結ぶものとされています。身寄りがいない人でも、弁護士や司法書士などの専門職を代理人(任意後見人)とすることができます。

そして、重度の認知症と診断され、本人が一人で決めることに不安が出てきた場合に、家庭裁判所で任意後見監督人(※1)が選任されて初めて任意後見契約の効力が生じます。この手続きの申立ては、本人やその配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者(※2)となります。

(※1)任意後見監督人…家庭裁判所が選任する人で、任意後見人が任意後見契約の内容通りに仕事をしているかどうかを監督する役割がある。

(※2)任意後見受任者…任意後見契約が締結された後に、任意後見契約の効力が生じるまでの期間、任意後見人となることを引き受けた人のこと。

任意後見制度は、本人の判断能力がしっかりしているうちに準備ができるため、希望に沿った内容で本人の意思を反映しやすいという点がメリットとして挙げられます。

一方で、任意後見人を家族や親族ではなく専門職に依頼する場合は、費用が高くなるという点に注意しましょう。専門職が任意後見人となる場合は、条件を「保有資産3000万円以上」などとしているケースもあるようです。理由としては、被後見人の生活費に加えて任意後見人の報酬にあり、それは本人の資産から払われることが多く、本人が亡くなるまで続くからです。

法定後見制度(ほうていこうけんせいど)

法定後見制度とは、認知症や精神上の障がい等により意思能力が不十分な人に対して、本人の代わりに代理人(法定後見人)が、財産や権利を保護する役目を担う保護制度のことです。

医師の診断書をもとに管轄の家庭裁判所へ申し立てることで、裁判所が代理人(法定後見人)を選任します。前述の任意後見人と違い誰が法定後見人となるかは裁判所が決めるため、家族や信頼する人であっても法定後見人になれない場合があります。

法定後見制度の場合、既に意思能力が低下している本人に代わり、申立人(配偶者、四親等内の親族等)が家庭裁判所に申立てを行い開始されます。そして、法定後見人が選任されると、本人の代理として財産の保護・管理を行うほか、必要とされる契約の締結等を進めていきます。

【法定後見人になれるのは?】

法定後見人として認められるのは、家族や親族、司法書士、弁護士、社会福祉士などで、職業や経歴、本人との利害関係などを考慮し裁判所によって選ばれます。未成年者や破産者、本人に対し訴訟をしている人、または訴訟をしたことのある人、その配偶者や直系血族などは法定後見人として認められません。また、親族間で争いがあったり、本人の資産を使い込んでしまう可能性が考えられる場合は、家族や親族であっても法定後見人に選ばれない場合があります。

法定後見人には、「後見」「保佐」「補助」という3つの種類があり、本人の意思能力の程度によって権限が決定します。そして、本人の利益に繋がることのために、与えられた範囲内で権限を行使することになります。

【後見】

認知症や精神上の障がいなどによって、意思能力を常に欠く状態にある人が該当します。具体的には、重要な取引行為(不動産の売買など)や、日常の買い物や身の回りのことまで一人では行うことができない状態にある人です。

厚生労働省の「成年後見はやわかり」では、後見人の権限や実際にあった内容など分かりやすく掲載されています。

法定後見制度とは(手続の流れ、費用)後見の詳細/厚生労働省

【保佐】

認知症や精神上の障がいなどによって、意思能力が著しく不十分な人が該当します。後見と異なり、日常の買い物や身の回りのことはできるものの、重要な取引行為(不動産の売買など)は一人で行えない状態にある人が対象です。

厚生労働省の「成年後見はやわかり」では、保佐人の権限や実際にあった内容など分かりやすく掲載されています。

法定後見制度とは(手続の流れ、費用)保佐の詳細/厚生労働省

【補助】

認知症や精神上の障がいなどによって、意思能力が不十分な人が該当します。大抵のことは自身でできるものの、重要な取引行為(不動産の売買など)を一人で行うには不安が残る人が対象です。

厚生労働省の「成年後見はやわかり」では、補助人の権限や実際にあった内容など分かりやすく掲載されています。

法定後見制度とは(手続の流れ、費用)補助の詳細/厚生労働省

法定後見制度では、認知症等により判断能力が低下してしまったことで、詐欺や悪質な業者のターゲットになってしまい本人が不利益な契約を結んでしまった場合も、法定後見人であれば無効化することができます(種類によって裁判所への申立てが必要な場合があります)。この不利益な契約の無効化は、任意後見制度や後述する家族信託の制度では行えないので、法定後見制度ならではのメリットといえるでしょう。

デメリットとしては、前述した通り、家族や信頼する人が法定後見人になれない場合があります。専門家が法定後見人になる場合は、本人が亡くなるまで報酬の支払いが続くことになりますし、家族が希望するような人が選ばれない可能性もあります。そして、法定後見人は裁判所が選出するため、決定するまでに時間がかかる可能性もあります。

柔軟に財産管理をしたい『家族信託』

成年後見制度は認知症に対して有効な手段ですが、手続きの時間や柔軟性に課題があると言われています。その点、家族信託は、家族で契約内容を自由に決めることができる制度です。財産を、信頼できる家族に管理・処分を託す財産管理の手法となります。

成年後見制度の場合、本人の財産を守ることが大きな使命の1つであるため、不動産の大規模な修繕や建替え等を行うことが難しい場合があります。また、積極的な資産運用や権利の放棄は基本的には認められません。

一方で、家族信託の場合には、契約の内容に沿って家族が自由に財産の処分・運用を行うことができます。例えば、「賃貸経営しているマンションが老朽化してきたから、融資を受けてリフォームしたい」といったことは成年後見制度ではできませんが、家族信託では可能となります。

また、成年後見制度の場合、後見人に司法書士や弁護士などの第三者が選任される可能性があります。ご家族が後見人になった場合でも、定期的に裁判所や後見監督人へ「財産の管理状況」等をまとめた書面を提出しなければならず、日々忙しくされているご家族にはとても手間のかかることだと思います。

家族信託であれば、第三者に介入されることもなくご家族だけで柔軟に不動産管理を進めることができますので、そういった希望がある場合は家族信託がおススメです。

しかし、家族信託は「財産管理」を主な目的としているため、本人の介護施設への入居手続きや病院への入退院手続きなど、生活に関する法律行為を代行することができません。成年後見制度では後見人がそれらの行為を代行することができます。

親子など家族関係があれば、後見人でなくともこのような行為を行える場合が多いですが、遠縁の親戚や知人などがサポートしている場合で、財産管理以外の法律行為を行う必要がある場合は、成年後見制度の必要性が高いかもしれません。

また、成年後見制度と家族信託を併用することもできます。まずは、本人にどのようなサポートが必要なのかを整理し、成年後見制度と家族信託のメリット・デメリットを理解した上で進めていくことが大切でしょう。

まとめ

社会の高齢化が進む中、認知症も他人事ではないと感じ始めている方も多いのではないでしょうか。自分や、家族が認知症になってしまったら…、と考えると心配なことがたくさんあるかと思います。

成年後見制度や家族信託を終活の一つと捉え、残りの人生を楽しく過ごすためにも活用してみてはいかがでしょうか。それぞれの制度の内容を理解し、自分自身の大切な権利や財産を家族に残していく方法を考えるきっかけとなれば幸いです。

また、既に認知症である親の不動産を売却したいと考えている場合、売却方法は所有者本人の認知症の進行具合によって変わってきます。まずは、どのように進められるのかを専門家へ相談してみましょう。

須崎 健史
執筆・監修 須崎 健史(株式会社bluebird代表取締役) 宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/福祉住環境コーディネーター2級/国内旅行業務取扱管理者
2023年、空き家・空き店舗を利活用した「オフィス兼アトリエ」を立川市若葉町にオープン。住宅業界に25年以上身を置き、そこで培った幅広い知識と経験・資格を活かし、住生活アドバイザーとして空き家対策や利活用、相続対策、高齢者の住まいなど『福祉・介護×住まい』について、地域の課題解決に取り組んでいる。